子供・子ども・こどもの表記ガイドライン

サイト上での取り扱いについて

最初に明言しておきますが、心音舎ならびに記事投稿の筆者には、このサイトでの子供か子どもの使い分けについて、特別な思い入れはありません。ですがサイト上の文章では意味のある使い分けを除いては「子ども」表記で統一しています。(もちろん各個人の中での意見は別にあります)

文章上の読みやすさ、可読性を追求するのであれば「子供」がもっとも使いやすく、交ぜ書きを避ける、統一性という点においては「こども」が次点になるでしょう。では、なぜあえて「子ども」表記を使用するのか。

誤解を恐れずに言うならば、「子ども」表記を使用しない場合の問い合わせ、苦情が一番大きいからです。これは必ずしも悪いことではありません。以下に述べる経緯を考えれば、他の言葉についてのクレームが多かったとしても不思議はないからです。

単に「今現在」言葉に気をつかう人の中で「子供」表記に懸念を持っている人が多い、その要望に応えているというわけです。状況や時代が変わり、他の記法が主流になるかもしれません。その時は一括置換で他の言葉に置き換えるでしょう。

ポリシーの優先順位として「見る人にできるだけ不快に思われない」ことに重点を置いているわけです。もちろん一方で「子ども表記はおかしい」と思う人には我慢していただいている形になります。これは本当に申し訳ないことです。

これは、あくまで「このページ上の表記を統一する」だけの意味であって、「子ども」表記を他の方々に推進、啓蒙する意図は全くありません。もちろん「子供」を使う方に「やめましょう」というつもりもありません。

「言葉狩りではないか」「細かい差にすぎない」という点についてですが、筆者は「どれが正しい」というつもりはありませんが、この言葉をめぐる論争自体は(冷静に行われれば)好ましいものだと考えています。

「成長途中の人間」を何と呼ぶかを考える過程で、それぞれの人々が社会的な、歴史的な、教育的な観点で理解を深めていき、様々な付属の問題点が浮かび上がってくることでしょう。その周辺の問題の中に真に取り組むべき、重要なポイントが眠っていると考えています。

この文章を読んでいる皆様も、できるだけ両論に目を通して、自分の中で深く考えていただきたいと思います。その思考の過程こそを大事にしてください。

以下は各主張のポイントをわかる範囲でまとめたものです

子供を否定する立場

「子供」の「供」の字は、「お供」、すなわち子が大人の付随物であると連想させる
「子供」の「供」の字は、神に奉げる「供え物」の意味につながる
「子供」の「供」は当て字であり漢字に意味はないので、ひらがなにすべき
「子供」よりも「子ども」「こども」と表記した方がソフトで親しみやすい

子供を肯定する立場

「供」の字には現代日本で悪い意味はない
漢字とひらがなとの交ぜ書きにすることはおかしい
現代において複数の意が薄れており「子供」で一つの語となっている
「子ども」の方が見下した意味の差別表現になってしまう

その他の立場

「供」の字が差別なら昔の「子共」という表記に戻せばいい
言葉狩りの一種なので論争自体が無意味
使う人の自由に任せるべきだ
国が統一するべきだ