サブリミナル効果と音楽

この文章はできるだけ最後の結論までお読みください。

サブリミナル効果は「潜在意識(無意識)へ刺激を与えることで何かしらの効果がある」というものです。最初は視覚だけを対象にしていましたが、後に五感全部へと対象が拡大されました。

通常は意識にのぼらないものを人間は知覚することができません。知覚していないものが心に影響を及ぼすことはない、と考えられてきました。

名前を呼ぶのが聞こえるから振り返るし、文字が読み取れるから本の内容が頭に入るのです。呼ぶ声が聞こえないのに振り返ったりはしません。文字が小さすぎれば小説で感動することはできません。

サブリミナル伝説の誕生

ですが、それを覆すような話が1957年にアメリカで出てきます。広告業者のジェームズ・ヴィカリが「ピクニック」という映画の上映時に「コーラを飲め」「ポップコーンを食べろ」というメッセージを書いたコマを5分おきに挿入しました。

すると結果的にコーラとポップコーンの売り上げが伸びたというのです。これは従来の心理学、神経生理学の常識からかけ離れたことでした。

人間はあまりに短い時間に起こった変化を正確に知覚することはできません。視覚で言えば0.1秒以下の時間に起こったことは不正確にしかわかりません。これは才能や個人差などではなく大脳皮質の視覚野のシステム上、それ以下の弁別機能(区別する機能)は持てないのです。

つまり「人間が読み取れない短時間に起こったことが人間の心に影響を与えたのではないか?」という仮説が生まれたわけです。

サブリミナルブーム

この不思議な現象に広告業界やメディアの各制作者がとびつきました。なぜなら「本人が知らないうちに深層心理にメッセージの刷り込みができるのではないか?」と期待したからです。

たとえば先のコーラとポップコーンの話では、普通に「コーラを飲みましょう」という看板を置いても「飲みたい人だけ」しか飲まないのに対して、サブリミナル効果を使えば「今は別に飲みたくない人」も飲みたい気分にさせることができるのではいか?ということです。

これはお得です。広告として、これほど効率のいい方法はありません。本人には気づかれないために押し売りの嫌悪感も抱かれません。気がつくと対象商品が買いたくなっているのです。

さらに「買わせる」広告だけではありません。もっと直接的に、本人に負荷を与えることなく、何らかの行動を取らせたり、主義信条を変更させることが可能になるかもしれません。

サブリミナルの社会的影響

当時は様々な広告が作成されたと思われますが「サブリミナル効果を使っています」と正直に言ってしまっては意味がないので一部を除いては秘密にされ、正確な数はわかっていません。

また映画やビデオ、テレビ作品に芸術的な効果などを狙って導入されました。90年代初頭までは様々な分野で積極的に導入され「効果がある」「斬新だ」と宣伝され、話題となっていきました。

一方で「人の深層心理を操作できる可能性がある」として、一部の宗教団体やセミナーが洗脳、マインドコントロールの手法として取り入れていきます。

オウム真理教の事件前後から「サブリミナルの使用は社会通念上フェアではない」「危険なもの」として映画やテレビ放送では自主的に禁止されていきます。

音楽への使用

「波の音を聞いて心地よくなる」「母体内の心臓や血流の音を再現して安心する」これはサブリミナル効果でも何でもありません。普通のことです。

某宗教団体が「修行するぞ修行するぞ」と繰り返し吹き込んだテープを聴いていましたが、これもサブリミナルではありません。ただの暗示効果です。

心理的な効果を与えるものを全て「サブリミナル効果である」と片付けてしまう誤解が広がっていますが、これらは従来の心理学的効果で十分に説明できます。

問題は認識の閾値を下まわる情報信号が影響を与えるのかどうか?つまり「聞こえていない、知覚できないものが”直接”無意識に影響を与えられるか」ということです。

音楽に応用しようとすれば「知覚できないほど瞬間的にあらわれる音」「人が聞こえないほど小さい音」「聞き取れないほど高い周波数」などを使った方法が考えられるでしょう。

実際にサブリミナル効果を使用した音楽CDというものは以前から様々なレコード会社から何種類か販売されています。心音舎の音楽療法CDについても「このCDはサブリミナル効果があるのか?」という質問をされる方がいます。(後半で解説します)

学術的な検証

最初に述べた映画とコーラ、ポップコーンの実験はサブリミナルを語る上で必ず登場する逸話です。では、あなたは他のサブリミナル効果を証明する実験を知っていますか?聞いたことがありますか?

答えは「無い」んです。最初の説明通り心理学的な常識を覆すような説なので、世界中の心理学者、神経生理学者などの間で何度も繰り返し追試の実験が行われました。

他にも様々な音響、嗅覚、二点弁別法など色んな観点から様々な実験が行われました。それらの結果から読み取れることは「サブリミナル効果という効果は存在しない」ということです。

「あってもおかしくなさそうな話」で、今後何かの証拠が発見される可能性も無くはないですが、少なくとも現時点までにサブリミナル効果の存在を科学的に実証できた例はありません。

張本人の告白

では最初の映画「ピクニック」のコーラとポップコーンの売り上げが伸びた話はなんだったのでしょうか?あの実験が無ければサブリミナル云々の大騒ぎは起こらなかったはずなんですが。

そもそも実験なのですから「どんな環境で実験したのか」「何人くらいの被験者がいたのか?」「どれくらい売り上げが伸びたのか?」「何月何日?」「何回行ったのか?偶然ではない統計的証拠は?」等を皆さんが知りたくなると思います。

アメリカ広告調査機構は事実を確認しようと、映画館や周辺に何度も確認の要請をします。最初の実験のデータはあるのか?レポートは?論文は?

ニュージャージー州フォートリーの映画館で上映した映画にコーラ等のメッセージを挿入したと言いだした本人、広告業者のジェームズ・ヴィカリが後に告白します。

「実験というほどのデータは集まっていなかった。マスコミに話がもれて大騒ぎになった」つまり単なる偶然か、少なくとも科学的な検証では全くなかったわけです。

新潟大学の鈴木光太郎教授によれば「実験そのものが最初から無かった」という指摘もされています。大げさな与太話に世界中が半世紀もの間振りまわされたのかもしれません。

サブリミナルをめぐる現状

このように最初に「あった」と言いだした本人さえ否定し、学術的に多くの実験結果から「無い」とされているサブリミナル効果の夢を今でも諦めきれない人達が沢山います。

ある人はサブリミナル効果の定義の枠を拡大解釈しようとします。「人間に知覚できている部分でも、あまり注意が向かなければサブリミナルということにしよう」というわけです。

別の人は「サブリミナル効果は実在するが、あまりに強力で危険なのでアメリカ政府(や数々の闇の勢力)が実験そのものを無かったことにした」と陰謀論風な話に飛躍したりします。

拡大解釈するまでもなく「見えているのに注意が向かない」ような事例はサブリミナル効果を持ち出さなくても従来の心理学で説明できます。闇の勢力が恐れるほど効果が絶大なら何故サブリミナルで一攫千金の大もうけをする人が出てこないのか?(実際に使おうとすれば原理的には簡単なのですから)

どちらの方針も無理がありますし、中には自分の都合のいいように「サブリミナル効果」の範囲を勝手に変えたり、そもそもサブリミナル論者の中にはサブリミナルの定義を全く理解していない人さえもいます。

今も続くサブリミナルビジネス

広告の分野では既にサブリミナルは完全に死語ですが、現在も芸術的分野、教育、癒し、ヒーリングなどの分野では「サブリミナル効果があります」というのは一種のセールスポイントです。

言いだした張本人が「本当は無かった」と自白して数十年、平成サブリミナルブームからも二十年近くが過ぎています。

それでも未だに堂々と「サブリミナル効果」を謳っている商品、業者は多く、特に批判されることもなく続々と新商品が生まれています。

プラシーボ効果(プラセボ効果)という言葉があります。医者に「効果のある薬だ」と渡されると実際は何の効果もないはずの偽薬が効いてしまう、という効果です。

「サブリミナル」の言葉を使うことで、一種の安心感、「効きそうな感じ」が出るのかもしれません。

それで元気になればいいじゃないか、科学的に正しくなくても効果があればいい、という意見を全て否定はしません。(ただプラセボ効果自体も最近では疑問視されていることを付け加えておきます)

ですが世の中の全ての薬が偽薬になってしまったら、もう偽薬を「効くと思い込む」こともできなくなります。「きちんと効く薬」が存在してこそ、その薬に似た薬のプラシーボの効果を信じることができるのです。サブリミナルを謳う商品の効き目も、きちんと効果を上げる製品が別に存在してこそだとは思いませんか?

サブリミナル音楽

眠れる音楽や安心する音楽、その他の様々な効果を求めてデータやモニタリングを繰り返すときに、実際に効果があるのか無いのか、どれくらいの効果があるのか、比較対象物を設定します。

A.現在作成中の音響効果CD(実際に測定したいもの)、B.サブリミナル効果などを謳っている同業他社の製品、C.一般の音楽の中で静かで効果がありそうなもの、D.なにも音が流れない状態、この四つで比較する所から話ははじまります。(モニターの方にはD以外の区別を隠します)

実際には心拍数や呼吸など直接計測できるデータ以外に表情や行動、本人の感想なども含めて結果を出すため決定的なことは言えませんが、大抵の場合にB群はC群に比べて変わりがないか、むしろ悪い結果が出ることが多いのです。

これはどういうことでしょうか?あまり同じ分野の他社ことを悪くは言いたくないのですが、本当にきちんとデータ収集や実験がされているのでしょうか?やはり今更堂々と「サブリミナル効果があります」と銘打っているのは、そういう企業方針、そういう商品内容なのでしょうか。

違う条件下、実験環境、測定項目では結果も変わるのかもしれませんが、判断はこの文章を読む方々に委ねます。

心音舎オトサプリ

心音舎の製品にサブリミナル効果を使っていますか?と聞かれてガッカリされることがあります。ですが、自信を持って言います。心音舎ではサブリミナルとそれに類する効果を活用することはありません。

音の種類は?大きさは?テンポは?音程は?ハーモニーは?自然の音は?メロディーは?波形は?リズムは?周波数特性は?残響は?

他にも様々な要素で音楽はできています。それらをコントロールし心理的に有効な効果を得る方法や理論は沢山あるのです。わざわざ知覚できない音、サブリミナル効果などの存在に頼らなくても、きちんと有効な心理作用を得ることができます。ご安心ください。

サブリミナル効果と音楽” に対して1件のコメントがあります。

  1. ピンバック: 今週の発言 2010-07-11

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