幸せなら手を叩こう

お遊戯会、発表会シーズン前ということで、音楽製作、編集の依頼が多くなる季節です。音楽の編集というのはどのようなことを依頼するのか、どのように作業が行われるのか、少し判り辛いところがあります。今回は少しわかりやすく、一曲の例を挙げてどのような編集を行うかを見ていきます。

「しあわせなら手をたたこう」誰もが知っている曲で保育園、幼稚園のお遊戯会や普段の活動では定番の曲ですが、これが有名すぎるために形にするのが難しい曲。

元々はスペイン民謡なのだそうですが、やはり有名なのは坂本九の歌ですが、これはレコード化された物に観客の声やざわめきなどが入っています。なので通常の子ども達の活動では児童用にわかりやすくアレンジされた物が使われます。今回の作業もマスターには児童用CDを使用しました。

歌の内容はイントロ~手をたたこう~間奏1~足ならそう~間奏2~肩たたこう~エンディングですが、今回は要望があり、イントロ→手をたたこう→間奏2を三回→足ならそう→間奏2を三回→肩たたこう→間奏2を三回→曲を最初から全部流す、という構成に組み替えて欲しいということ。

なぜこのようなことがあるかは先生達であれば想像がつくでしょうが、入場するまでの時間や、途中での動き、楽器の準備などにかかる時間を捻出するためです。あまり音楽編集になじみのない先生方は「そんなことが出来るのか?」と驚かれるかもしれませんが、現在の技術では全く継ぎ目がわからないほどに完全につなぎ替えることが出来ます。少し前まではカセットのガチャンガチャンという切り替え音が入ったりしていましたが、今ではそんなことはありません。

まず音楽をデータとして読み込み、波形として表示します。それをパートごとに切り並び替えたり、コピーや繰り返しをさせるのですが、それだけではつなぎ目がハッキリわかってしまいます。繋いだ部分を仮にAとBとすると、AとBの微妙なテンポのズレなどに気を遣いながらBの位置を調整します。次にAの最後をフェードアウト(徐々に小さくする)Bの頭をフェードインさせます。これをクロスフェードといいます。

これを何十カ所か正確に行えば繋ぎ目のない曲ができあがります。次に出てきた要望は曲の全体のテンポをゆっくりにして欲しいということでした。

曲のテンポを落とすことも上げることも、「ある程度なら」簡単にできます。実は大きく変えることも変化自体は簡単にできるのですが、音が大きく変化してしまうので補正を細かくしなければならなくなるのです。

といっても、昔のテープのような「曲を速くしたら音程が高くなった」というようなことは起こりません。テンポと音程は別々に操作できるので、ドリフターズの志村けんのコントのようにはならないのです。ただ、速くする分には音素が圧縮されて聞き苦しい音楽になりますし、遅くすると隙間がたくさん出来て元から入っている雑音成分が目立ってしまうのです。

今回はテンポ120(正確には人間の演奏なので118~121の間を変動していました)を100にして欲しいということでした。これも子どもの演奏の練習を見て「ちょっと速すぎる」という感じを受けたという先生の話でした。

しかし、一旦100まで下げてみると今度は遅すぎることがわかりました。いくつかのテンポを書き出してみて聞いてもらうと105付近が一番しっくりするとのこと。これでテンポが決まりました。それに対応して、出てきた雑音成分の周波数帯をカットしたり、気になる単独ノイズはそれ自体を消す作業に移りました。

そして最後に出てきた要望が、ある音を消して欲しい、ということです。「しあわせなら手をたたこう」の曲で「てをたたこう!ドンドン」などと音が入っているのを想像してみてください。そのドンドンの部分を全部消して欲しいという要望です。

他の音と混じり合っている部分、例えばオーケストラのバイオリンだけを消す、なんてことは今の技術では出来ません。でも他の音とは別にその楽器だけが鳴っている部分なら消すことが出来ます。

使用したCDにはドンドンの部分に太鼓の音やタンバリンの音、他にも工夫を凝らして面白い音が入っていたのですが、保育園の先生によると「子どもが実際に手をたたいたり楽器を鳴らす音をきちんと聞かせたいために邪魔になる」ということです。

これは手作業で一つ一つ波形部分を消していくのですが、ただ消していくだけでは、その部分が完全な空白になってとても不自然です。お遊戯会の会場などで大きなスピーカーで大音量で流せば余計に不自然さが目立つでしょう。

なので一カ所一カ所「手をたたこ」の「こ」の部分だけにエコーをかけて、次のフレーズが始まるまで小さく鳴っているように加工しました。これで急に音が途切れた感じも無くなり、安心して聞くことができます。

このようにして音楽の編集作業は行われます。先生も満足していただき、保育園に持ち帰って練習を続けるとのこと。子ども達には頑張ってもらいたいものです。